埼玉県深谷市には明治の実業家、渋沢栄一の実家と、従兄弟の富岡製糸工場初代場長、尾高惇忠(あつただ、号は藍香、栄一に論語を教える。音楽家の尾高惇忠・忠明兄弟は曾孫にあたる)の家が残っている。栄一は幕末、時代の空気を吸って学問や経済に早くから関心を示し、尾高の影響を受けて当初は尊王攘夷思想を持つが、その後、一ツ橋慶喜に仕える。27歳の時、慶喜の実弟、徳川昭武に従ってパリ万国博覧会を見学。帰国後多くの会社設立に関わるが、その実家の建物(妹夫妻が建築)を市が管理している。
熊谷市には室町期に深谷上杉氏に仕え、江戸期には帰農して世襲名主を務めた平山家住宅と、戦国期に吉見の松山城主上田氏に仕えた根岸家の江戸天保年間建築の長屋門がある。根岸家は幕末動乱の時代に私塾や北辰一刀流の道場「振武所」を作って、尊王攘夷運動にも加わった大地主。
小川町にも江戸中期の農家、吉田家住宅が残るが、平山家、吉田家ともに今は敷地内に別棟を建てて住まわれている。
使用カメラはニコンD700, D7000, D800。レンズ、FX16-35mm, 24-85mm, 24-120mm, 28-300mm。
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