渋沢栄一は、喜寿を迎える大正5年(1916)76歳で第一銀行頭取を辞任した同年に理化学研究所を、翌年には日米協会を設立、次々と多くの組織の立ち上げに関わっていた。そんな渋沢に周囲が感謝の念から「誠之堂」「晩香廬」を建て、80歳で男爵から子爵になると、これを記念して「青淵文庫」の建築を計画、85歳の時に竣工した。
設計はみな清水組(現清水建設)の田辺惇吉で、渋沢への温かい敬愛の念が伝わって来る建物である。この三つの洋館は奇跡的に災害を免れて共に国指定重要文化財の指定を受けている。是非とも多くの方に建物を見て頂いて、「道徳経済合一主義」を唱えた渋沢の考え方に関心を持って欲しいと思う。
深谷市には誠之堂と、後任の佐々木頭取の清風亭(埼玉県指定文化財)が移築されて並んで建っている。撮影は外観、室内共に可。飛鳥山の晩香廬は外観のみ可で室内撮影は厳禁。青淵文庫も外観は可で1Fの閲覧室のみ許可を得て撮影が可能。だが、当然のごとく文化財の建物内の撮影は三脚・一脚・ストロボ等の使用はすべて厳禁で、壁や床、調度品を傷付ける恐れのある大きなカメラバックの持ち込みも不可である。撮影には細心の注意を払いたい。
誠之堂と青淵文庫は何度も撮影しているが、この掲載のために7月にあらためて撮影し、晩香廬室内は特別に許可を得て8月8日に撮影をした。
使用カメラ:ニコンD800. レンズ:FX16-35mmf/4, 24-70mmf/2.8m 24-120mmf/4VR, 70-200mmf/4VR, マイクロ105mmf/2.8VR.
室外の撮影はISO100、室内は原則ISO1600-6400で、室内外ともすべて手持ち撮影。
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