Web-ProPhoto.com
2016年2月18日掲載

丹羽 諭   Satoshi Niwa ルポルタージュ
Reportage
作品一覧
List


 伊勢崎の建物   Historic Buildings in Isesaki City, Gunma Prefecture   New Work

上野国伊勢崎藩陣屋は、現在の群馬県伊勢崎市立北小学校付近にあったと推測されている。その小学校の正面にあるのが「旧時報鐘楼」。大正4(1915)年、同市出身の横浜の薬種商、小林圭助が寄贈、高さ14.56メートル、県内最古のコンクリート製で、表面は煉瓦仕上げ。破損していたのを、平成2(1990)年に復元した。

「伊勢崎明治館」は、藩医の今村家が明治45(1912)年に建てた洋風の医院建築だ。今村医院、保健所、黒羽根内科医院と代が変わって市の所有になった。伊勢崎は桐生と並んで絹織物業で栄えた所である。取材した日は館内で伊勢崎銘仙の展示会が開かれていた。

江戸の旗本は知行地の差配を地元の村役人に任せるのが普通だったが、曲輪町から広瀬川を渡った連取(つなとり)町に旗本、駒井家の地方(じかた)代官を務めた豪農「旧森村家住宅」があった。約1,000坪の広い敷地に母屋、土蔵、長屋、表門、裏門、馬屋がある。

伊勢崎藩は、初め、徳川譜代の稲垣家が1万石で立藩。その稲垣家は2代で越後に転封して伊勢崎は前橋藩酒井家の支藩になった。石高は2万石。本藩の前橋藩酒井家はのちに姫路に行くが、伊勢崎藩酒井家はそのまま幕末まで9代続いた。

戊辰戦争で藩は官軍に恭順を表明、従軍したが、函館五稜郭の榎本武揚の軍に一人の伊勢崎藩士がいた。名は新井雀里(じゃくり)、藩校「学習堂」の頭取を務め、幕命で北海道開拓に従事していた漢学者である。維新後、伊勢崎に帰り、私塾「南淵塾」を主宰している。
参考サイト:伊勢崎市ホームページ「有形文化財-建築物」
http://www.city.isesaki.lg.jp/www/genre/0000000000000/1000000000117/index.html

使用カメラ:ニコンD7200, D5300. レンズ:DX 10-24mm f/3.5-4.5G ED, 16-80mm f/2.8-4E ED VR, 18-55mm f/3.5-5.6G VR II, 55-200mm f/4-5.6G ED VR II, 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR.

各画像をクリックすると拡大表示されます。Click to enlarge.  
各作品の著作権はすべて撮影者に帰属します。
二次使用は固くお断りいたします。







01-04 旧時報鐘楼
鐘楼は戦時中の金属供出と戦災で破損していた。寄贈した小林の会社は関東大震災で横浜から神戸に移転、香辛料を扱う小林桂株式会社として今も続いている。曲輪町28-23。市指定重要文化財。

 01 旧時報鐘楼

 02 旧時報鐘楼

 03 旧時報鐘楼

 04 旧時報鐘楼


05-20 伊勢崎明治館
平成14(2002)年、元の場所から約100m曳き家して現在地にある。曲輪町31-4。市指定重要文化財。

 05 伊勢崎明治館「建物正面」

 06 伊勢崎明治館「建物側面」

 07 伊勢崎明治館「正面2階」

 08 伊勢崎明治館「受付」 昔懐かしい医院の受付。

 09 伊勢崎明治館「棟板」

 10 伊勢崎明治館「照明」

 11 伊勢崎明治館「織機」

 12 伊勢崎明治館「伊勢崎銘仙」

 13 伊勢崎明治館「伊勢崎銘仙」

 14 伊勢崎明治館「伊勢崎銘仙」

 15 伊勢崎明治館「伊勢崎銘仙」

 16 伊勢崎明治館「組子の欄間」

 17 伊勢崎明治館「ポスター」 モデルは往年の大女優「山本富士子」。

 18 伊勢崎明治館「階段の吊るし雛」

 19 伊勢崎明治館「ガラス窓」

 20 伊勢崎明治館「2階座敷」


21-36 旧森村家住宅
森村家は江戸以前からの旧家と伝えられる。明治9(1876)年に伊勢崎藩陣屋の建物を一部移築。連取町377-1。市指定重要文化財。

 21 旧森村家住宅「長屋門」

 22 旧森村家住宅「主屋全景」

 23 旧森村家住宅「式台」 陣屋から移築した正面玄関。

 24 旧森村家住宅「土蔵」

 25 旧森村家住宅「土蔵」

 26 旧森村家住宅「荷車」 車輪は木製。

 27 旧森村家住宅「主屋の彫刻」

 28 旧森村家住宅「座敷と廊下」

 29 旧森村家住宅「板戸」

 30 旧森村家住宅「板戸」

 31 旧森村家住宅「書院」

 32 旧森村家住宅「ガラス戸」

 33 旧森村家住宅「ガラス戸」

 34 旧森村家住宅「ガラス戸」


35-36 旗本「駒井甲斐守朝温」の写真
駒井家の幕末の当主。大目付、勘定奉行、陸軍奉行並などを歴任して、維新後、将軍慶喜に従い静岡に移住した。朝温の次男、忠道は、薩長への徹底抗戦を唱えた幕閣の重鎮、小栗忠順(ただまさ)の養子になっていたため、官軍に高崎権田村で小栗と共に斬首された。小栗は幕末に横須賀造船所(製鉄所)を建設、明治5(1872)年の渋沢栄一と尾高惇忠、韮塚直次郎の富岡製糸場建設は、この造船所建設の経験が幸いしている。

 35 旧森村家住宅
   「駒井甲斐守朝温」


 36 旧森村家住宅
   「駒井甲斐守朝温の軍服姿」
将軍慶喜は、伝習隊など幕府軍に、フランス軍事顧問団の訓練を受けさせた。


37-39 相川考古館
幕末の慶応2(1866)年、金物商に生まれた相川之賀(しが)が収集した多くの考古資料と、国指定重要文化財の埴輪4体を展示。県指定重要文化財の茶室「觴華庵(しょうかあん)」がある。三光町6-10。

 37 相川考古館「茶室全景」

 38 相川考古館「茶室」 外から室内を拝見。

 39 相川考古館「板戸の琵琶湖の絵」


40 富士重工業 旧伊勢崎製作所

 40 煉瓦の壁面 富士重工業(株)旧伊勢崎製作所の壁面。元は明治45(1912)年創業の旧上毛撚糸の紡績工場で、富士重工業前身の中島飛行機(株)が買収、戦後「スバル360」を世に出した。「伊勢崎ショッピングモール」の敷地内。平和町1-9。

この写真家の作品一覧へ   Web-ProPhoto.com トップページへ   ▲このページの先頭へ

Copyright © Satoshi Niwa and Web-ProPhoto.com 2016. All rights reserved.